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日経の記事の「ワイン」作品について(3月8日朝刊)

こんばんは関です!


ついに!!

先日3月8日の日本経済新聞の朝刊、文化面に

「囲碁アート」の記事が掲載されました(・∀・)


囲碁アート 互角の妙手

↑日経新聞社のサイトより、登録(無料もあります)することで読めますので、よろしければぜひお読みください!


そろそろ囲碁アートを始めてから3年になります。
作った作品数がだんだんわからなくなってきました。
400はあるはずです。

たくさんの方に支えられて続けて来れました。
あらためて、ありがとうございました!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

今回の記事は、考え得るかぎり最も素晴らしい形となったように思います。
最後、締めのところは
「芸術的にさらにクオリティを高めたい」(大意)
という、いちばん私が思っていることを載せて頂けました。
ただただ、良い・面白いと思えるものを追求していきたい、という囲碁アートに対するスタンスを、余すところなく書いて頂けて嬉しかったです。

作品もふたつ
「WINE」
「桜」
を、写真付き(なんとカラー!)で
ともに、囲碁をすると絵が動き出す作品として私が猛プッシュしたものです笑

tu.jpg
(代表作、ワイン)

この形から黒番でふつうに囲碁を始めると、互角の勝負になる。
コミ6目半で、半目勝負となることを目指して陣地を調整して完成しました。

黒の一手目、どこに打ちますか。
ヒントはワインの黒石を飲みたいところ!


wineko.jpg
(両アタリでワインを飲める)

黒1、ここに目が行った方はすばらしい!
「両アタリ」という、石取りのテクニックです。
「次に囲んで白を取るよ」っていう「アタリ」を、同時にふたつの石にやっちゃうわけですから
ぜったい、どちらか一個は取れるというシステムですね!
将棋で言えば「両取り」にあたります。

白2で片方を助けたら、遠慮なく黒3でポンと取っちゃいましょう。
そうすると・・・ワインがグラスの外へ出て、「飲めた」という動きになるのでした。


最近は、この「19路盤」ではなく
もはや石を並べられない「100路盤」とか、すごく大きい作品を頑張っています。
しかし、囲碁アートは絵の見た目だけでなく、実際に対局をしてこそ味わえる、囲碁としての中身があるものです。
そういう意味で、今観たらコンパクトなこの作品。わたしの中ではすごく特別です。

さらにおもしろい表現をこれからも追求したいと思います!
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歴史上いちばんやさしい囲碁教室をやりたい話

みなさんこんばんは、関です。

囲碁アートをしているわけですが、普段囲碁の先生をしています。

初台囲碁クラブ 金曜夜せき教室(ツイッターに飛びます)

毎週金曜日 18時~22時 のお好きな時間
参加費 一回2000円
京王新線 初台駅から徒歩5分くらい
大江戸線 西新宿五丁目から徒歩8分くらい
山手通り沿いの茶色いマンションの一階に、お店があります。

囲碁アートの関と
タワラ・ナカムラが週替わりで
先生を担当しています。


インストラクターとして活動を始めてから、もう6年くらい関わらせてもらっています。
その中で明確になってきたテーマと方向性。

歴史上いちばんやさしい教室

やりたいっすねえ。

「歴史上」っていいですよね。現実にあるもの全て含んでますからね笑
過去の囲碁教室はもちろん、今後出てくる全ての囲碁教室とも張り合うつもりです。


ここでの「やさしい」は多義的で、まず・・・

・囲碁がわかりやすい


囲碁はふんわりしたゲーム。
人間には「正解」がわからない、という場面が多いです。
プロ棋士の人でもそうです。ならば、アマチュアである私にもわかるはずもありません。
その性質が、囲碁の「難しさ」としてわれわれの前に現れるのだと思います。
考えれば考えるほど、正解はもやの中。
この感じ、どんなに強い人でも感じているのです。

でも、わからないなりに自分なりの考え・やりたいことを決めて、打っていくのです。
その積み重ねできちんと強くなっていけますし、楽しさがあると思います。
個人的には、プールで泳ぐのに似ている気がします。
水のことを科学者じゃない私はあんまり知らんですが、でも泳げますし、楽しいと思います。

囲碁とはどんなものなのか。
人間のわれわれはどう向き合って、一手を打っていくのか。
わかるところまで理解することを楽しみ、わからないものを「わかんねえな~~」と楽しむ
広い布石の穏やかさを感じ、激しい石の戦いに手に汗握る
そんな囲碁の打ち方を一緒に探していけるような、
それぞれの人の囲碁にフィットするような教室でありたいです。

囲碁が初めてでも、一回のご受講で
「囲碁は何をするものなのか」
碁盤の中の泳ぎ方をつかんでいただけるはずです。


・人にやさしい

うちの教室は金曜日の夜です。
来てくださる生徒さんのほとんどは仕事終わり、しごおわです。
こちらは人によりますが、一週間の終わりともいえます。週おわです。

大変じゃないお仕事はありません。
私は楽しくできていますが、でも責任を背負ってやっています。
それを降ろした夜の時間は特別なもの、すごく良い時間ですね。
その中の何時間かを、私たちは引き受けている・・・と言うことになります。

囲碁の教室ですが、それ以前にそもそもお届けしているのは時間です。
目の前の人にとって「教室の時間」がいいものに。気持ちよいものになるように。
終わって教室を出たときに気持ちがふわり軽くなっているように、囲碁や言葉や笑いでお役に立ちたいと思います。

そして、教室の時じゃなくても、ここで得てもらったものを活かす「囲碁を打つ時間」がいいものになるように
そしてもっとデカく言えば、「囲碁を知った後の全ての時間」がいいものになったら、いいですね!(語彙力


「5の5」を教えたら急激に伸びた生徒さんや
中央センスがすごすぎて私が影響を受けた生徒さんや
布石じたいの美しさに惹かれて、ずっと続けてくれている生徒さんや

いちおう「級位者教室」を銘打っていますけれど
「囲碁で大事なこと」そのものを講義では喋っていますので、初段二段三段になっても大丈夫ですし
実際ずっと来てくださる生徒さんもいて、嬉しいことです。



さて明日も18時から。
ぜひぷらっと、お越しください~~

2月11日「5の5会」の遅い振り返り。

こんばんは関です!

そろそろ2月が終わってしまいますね・・・。
今月は体力が切れてしまったので,来月はもっと元気に過ごすのが目標です。

ところで、まだ振り返っていませんでした
2月11日「5の5会」

福岡明日翔インストラクターをゲストに、解説しながら真剣勝負しました。
会場は初台囲碁クラブ。
12名のお客様にお越し頂き、おかげさまで盛況となりました!

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(対局後の風景、楽しそう。勝者はどちら・・・?)

毎回、スタッフをしてくれているJuntaro.K インストラクターが記事を書いてくれました!
そちらもぜひよろしくどうぞ\(^_^)/

印象深い場面ばかりで、この日からずっと一日に一回は、この一局のことを思い出しています。

tenge.jpg

わたし黒番なので、とうぜん黒1
白の福岡くん、なんと白2の天元へ!!
「昨日全然眠れなかった」と言っていた福岡氏、この作戦をずっと考えていたからだったのだ・・・!
まあ、予想はしてました。だって前も一回打たれたもんね
中央にどんどん広げたい黒の作戦を、この手でジャマするつもりなんです!

tengenn.jpg

それは困る!と中央の白にけんかを売り
「風車」みたいな形になりまして、ここからずっと激しい戦いに。

ところでこの展開、わたしが囲碁を始めたキッカケ
「ヒカルの碁」
の、進藤ヒカル-社清春戦とかなり似ています。
20巻・21巻あたりにありますから要チェックです!

ところで今回はしっかり動画に残したので、主催者権限で見返したのですが・・・対局時は聞こえなかった、対戦相手の解説。めっちゃ面白かった!

何が面白いって、自分とはまったく違う見方で打っていたことが改めてわかったことです。
「5の5会」は、たんにリアルタイムで内容が分かる、という以上に
同じ局面でも、両者の見方が違う
というところをぜひ見ていただきたいと思っているのです。
その面白さを出したく、毎回違うセンスの人を呼んでいますから分かってはいたものの、改めて感じました。

tengennb.jpg

たとえばこの局面。
わたし黒△と打ちまして、中央右側の白三子を切り離して攻めちゃうぞ~といった場面です。
個人的には攻めが好きです。石を取るのはもちろん、追いかけつつ良い陣地を作るのが快感。
さらに碁盤の右半分、黒の大きな陣地になるイメージもふえて良い感じかな~と思っていました。

しかし、福岡くんはちょっと違って
「×のところを含めて、△はアキ三角になっている」
ところに注目しました。
アキ三角は、効率悪い形。

tengennbb.jpg

「相手にアキ三角ができたらもう十分。そこはもうあまり頑張らなくてもいい。中央より下辺を重視!」(意訳)
なんと中央の白石3つを「捨石」にして、そのあいだに碁盤の下側を巨大な陣地に!
なんと柔軟な・・・自分にはなかった発想でした。

ここでの黒の判断と白の判断、どっちが正しいか。
それをずっと考えていますが正直分かりません。
多分、どちらもかなりの程度正しいのでしょう。
ふたりの見方がくっきりと分かれたことを示す黒白の形と、解説の内容。
5の5会でいちばんやりたかったことが現れたんだなと思って、すごく嬉しかったです。


ちなみに、この後の展開で
・白石3つがうまく捨石になっちゃった
・黒の大きい陣地ができなかった(白がうまく入った)
という展開になり、負けました笑
結果的には福岡くんのイメージ通りだったようです・・・。


次回は4月7日(日)13時半~
ゲストは伊藤裕介インストラクター
その次は未定ですが、6月か7月になる予定です。
是非ご期待ください!勝ちたい!!

「囲碁マニア」ということの意味(マニアフェスタVol2)

おはこんばんにちは、せきです。

気づいたら日曜です。
今日は、ちょうど先週の土・日に参加した

マニアフェスタvol2
のことを書こうと思います。

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わたしは「囲碁マニア」として、「囲碁アーティスト関翔一」ブースを出してきました。

「マニア」とは。
たとえば、おとなりは花札ブース。といっても花札を遊ぶほうではなく、市販されている花札を収集されているというマニアの方。
うしろはマンボウブース。マンボウの研究者のかたが、研究成果をまとめた同人誌・グッズを作成されていました。マンボウの干物ありました。(食べる用ではない)

会場の体育館いっぱいに100ブースほどそれぞれのテーマの「マニア」が集い、ものすごくカオスな空間でした。
どの方にお話を聞いても、目を輝かせて好きなものを好きと語る・・・そして僕も囲碁アート愛を語る・・・
他ではできない体験を、マニアの人の数だけさせてもらえたような思いです。

手伝ってくれたのと凡、ありがとう

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「囲碁マニア」という言葉から何を普通は連想するかというと

囲碁の本めっちゃ集めてる人
タイトル戦の結果や棋譜などすべて知ってる人
古今東西の定石すべて知ってる人
囲碁グッズすべて持ってる人
シンプルに、囲碁めっちゃやってる人

などなどを私は思い浮かべました。
うーん、とくに物は持ってないし、知識もまだそれなりだし、24時間囲碁打てるかと言われたらそうでもないし・・・
果たして、「囲碁マニア」名乗って良いのか

しかし、自分の絵である「囲碁アート」と、最近できた「囲碁計算機」
囲碁のディープな部分まで使った表現なのですが
ディープなところで物事を愛している方々にぜひ、見て頂けたら嬉しいと思って申し込んでみました。
それが伝わったのか、みなさん大爆笑してくれたり、目を見開いてくれたり
涙でるくらい嬉しかったです。

とくに今回は囲碁計算機の同人誌
「囲碁ガチ勢が囲碁の知識だけで計算機を作ってみた」
が、当ブースで一番人気でした。なんとまあ笑

もともと囲碁の方々と言うよりは、計算機やコンピュータがお好きな方がツイッターなどで興味を示してくれたことがありまして
これはもしかしたら囲碁界より外にどんどん出すべき物かもしれない、と感じたのが良かったようでした

囲碁をご存じの方でもなかなか理解してもらえないものが
囲碁をまだご存じない、というかたに沢山手にとってもらえて・・・
なんか不思議な気持ちですが、囲碁うんぬんよりも更に深いところで通じることができたのかもしれません。
でも口頭で説明するのは無理ゲーでしたw

「囲碁マニア」もとい、「囲碁の知識だけで何かを作るマニア」

世界が広がった2日間でした。
次回は9月に第三弾があるとのこと。
さらに進化して、また楽しいブースを出せたらいいと思います!


ごぶさたです。

こんばんは関です。元気です。

いやはや、2月は盛りだくさんすぎました。
2日には「ジャンボ囲碁大会」(15人1組の団体戦)
11日には「5の5会」
そして16日17日に「マニアフェスタ」

いま全て終わり、燃え尽きました。それぞれ個別に振り返りたいのですが、しばらく時間をください。
私の気分で更新頻度を決めていくスタイルでいきます!!


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ふと考えごとをするときに、やっぱりテーマになるのは「自分にとって囲碁とはなんだろう」です。

今月の自分の振る舞いだけでも、あるときは遊び、あるときは真剣勝負、あるときは絵を描くキャンバスになり、最近は計算機になり、こんどは〇〇になる予定・・・

私を見た人々は、5の5の人、インストラクターの人、囲碁アートの人、計算機作ってるマニアの人、ナンバガやミッシェルやねこの人・・・と多分見えているはずです。


結局、囲碁は「自分を表現するもの」なのだと思います。上記どれもが本当の自分と言うに値するものであり、よく自分を表しているものです。
自分を現象させる媒体で、それを介して世界と関わっていけるようなもの。


というより、だんだん自分という存在は囲碁に飲み込まれてきてはいないだろうか。囲碁のことしか最近考えていないではないか。
囲碁ではない、本当の自分というものはあるのだろうか。それを探すたび、囲碁はどこまでもついてきてしまう気がする。

あとは哲学書を読むしかないですが、囲碁は自分の存在に関わるものになって来ているという話でした。
ではまた!