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英語版ウィキペディアの棋士のページに

こんばんは、関です。

ウィキペディアが好きなので、ずっと見てるときがありますが
たまに日本語版だけでなく、英語やフランス語なども見てみるとまた違った感じで書いてありますね。


囲碁の記事、アジア圏だけでなく欧米のほうでもすごく充実しています。
とくにすごいと思ったのが、英語版の海外トップ棋士の記事で

キャプチャ
(この人はだれでしょう)

他の棋士との対戦成績がまとめられている!!


ウィキペディアは個人個人の努力によって作られていて、熱心な書き手に恵まれるとその世界がそれだけ魅力的に見えてきますね。
わたしも時間と情報さえあればやってみたいと思っているのですが、なかなかそうもいかず・・・!
ウィキペディアンの方々、凄いと思います。
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「役に立つか」という判断をやめることについて。

こんばんは、囲碁アートの関です!

来月、2月にはふたつイベントが控えていまして

2月11日(月祝)の「5の5会」(対局しながら解説する新しいタイプの囲碁イベント)

初台囲碁クラブにて。

そして、2月16日・17日の土日には・・・
「マニアフェスタ」
こちらは、秋葉原駅ちかくの「アーツ千代田3331」にて。
さまざまなジャンルの「マニア」が一堂に会し、好きなものについて出展するという、なんとも素晴らしいイベントです。
わたしは「囲碁アーティスト関翔一」ということで、「ここから囲碁するアート」を世に知らしめるべく、どちらの日も出展しております。グッズ販売や展示をしますので、ぜひ遊びにお越しください\(^_^)/
マニアフェスタにて初公開の冊子
「囲碁ガチ勢が囲碁の知識だけで計算機を作ってみた」
も販売する予定!


個人的には、空想地図マニアの人が楽しみです。地図好きなので

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

新しい冊子を準備していて、改めて思いました。
私は、「役に立つかどうか」の判断にこだわらなかった結果、今があるような気がしております。

「役に立つこと」って素晴らしいです。
だって役立つのだから。
文句のつけようがありません。

では、「役に立たないこと」はどうでしょう。
なんか、よくないような気もしてきます。

しかし、それはおそらく違う。
「役に立たない」というものは、「まだそれが役に立つパターンを私は知らない」というのことだと思うのです。
逆にいえば「役に立つ」ことは、それが「役に立つ」ことをすでにわれわれが知っているものです。
それを知らないのに「これは役に立つ」と思うことは、どうやっても不可能ですから。


「ここから囲碁するアート」が自分にとって大きな転機でした。
良い勝負になる絵、というのはどうやら囲碁の歴史の中で新しい発明。
なぜこれが生まれたか・・・と、ときたま考えるのですが、最も大きかったのは間違いなくアレ。
ヨセの一手の価値を数える作業を、一年間ずっとやっていた時期があるからでした。

ツイッターの「囲碁の目数bot」
というのを過去に私が作りました。
あまりにも計算するのが楽しくなってしまい、作っちゃったもの。
なぜそれにハマったのかと言うと、たんじゅんに楽しかったからです。
囲碁の勉強のためじゃないの?と思われるかも知れませんが、違います。笑
わたしのタイプ(棋風)は、かならず盤全体を巻き込む巨大な戦いになるため、途中でどちらかが「負けました」って言って終わります。そもそもヨセ(終盤)が訪れることはまれです。。
ヨセになったとしても既に大きな差がついていたりするので、1目得してもしょうがないし、何十分の何目まで分数計算することに、直接のメリットは感じません。
囲碁の力をつけるためならば、私の場合はもっと詰碁をやって、もっと対局をするべきです(おい聞いているかおれ。)
(あ、これは「私の場合」なので、ヨセの勉強はめっちゃ大事です。ある程度、細かい計算にも慣れることで、地がより鮮明に見えてくるのが大きな効果だと思います。)

何に役立つか、という意味でやってたわけではない「ヨセの計算」ですが、なんと役立ちました。
囲碁アートを互角にするためには細かいヨセが必要です。
1目の違いに敏感になり、一個石を動かしたら何目得するか損するか、判断せねば成りません。
その工程は、間違いなく「ヨセの計算」をやっていたからこそできたもの。
対局ではほんとに一回も役立たなかったものが、囲碁アートで役立つとは・・・!

このような体験が私には何回かあるので、役立つか役立たないか、という判断をやめる瞬間を設けています。
なんだか、無駄に思える時間を過ごすのって罪悪感があるのですが、
何をしても必ず役立つ、と信じることにしたのです。
ならば、自分にとって好きなこと、いちばん気合いが入ることに力を注ぐのがいいのかな、ということになります。


いま「囲碁計算機」の編集をして思うのは、碁盤と碁石で作った計算機がいずれコンピュータを動かして、何かでかいことをしでかすという、まだ私の知らない未来のことです。
まあ、「役立たんなこれww」とも同時に思ってまして、それが楽しかったりするので、あえて役立たないことをするのが好きなのかもしれませんけど笑

それでは、おやすみなさいです~~(^^)/

面白い形を共有するコーナー3 ピリオドの打ち方がはげしい。

こんばんは、関です!

ここ一週間、インフルエンザにより安静にしておりました。
ご迷惑・ご心配おかけしまして、すみませんでした。
症状は軽い方に思えましたが・・・
自分ではわからないものです。

今日からブログ再開しようと思います

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対局を観るときに、あるいみ一番注目が集まるものに「投了の瞬間」があると思います。
終わり方がどんなものかによって、一局全体のイメージが変わってくることがあるでしょう。
ひとりひとりの個性が出るところですし、絶妙の終わり方に出会ったときは、もし敗者の側であったとしても強く印象に残ります。

今日はそんな一場面を

黒:村松竜一八段 白:趙治勲九段
mura1.jpg

どうやら白が優勢のような局面。
白は端の地が多く、右下で黒石がほぼ取られている箇所もあります。
黒は、中央の広いところがどれだけまとまるか・・・が望みですが、いろいろな所から白が入ってきそうで、むずかしそう。
左辺、黒がうまくいかねばなりませんが、キズが多くて大変・・・

mura2.jpg

と思ったら
黒1の「三段バネ」!!
ふつう、良い手になるのは「二段バネ」までがほとんど。
「三段」以上となると、成功するのはレアケース。黒石が取られやすいですからね。
まわりの状況次第では妙手となるかもしれません。
村松先生、やったか!?

mura3.jpg

白の趙先生、白2と「両アタリ」・・・これでどれかの黒石が取られます。
その瞬間、黒が投了。

この場面にはちょっと感動してしまいました。
最も激しい黒1、白2のまま、この一局の時間は終わりました。
観ている私たちには、戦いの熱さが冷めやらぬまま残され、そしてこの一局への無念の思いがそのまま流れ込んでくるようです。

mura4.jpg

黒は、あえてこの後の展開を打ちませんでした。
黒1に白2と取られてしまいますが、黒3という手が今度狙いになる・・・それが「三段バネ」の意味。
しかし白4という強行突破の手があり、陣地にしたかった中央に白が出てきちゃいそう。
おそらく、こうなることが予想されるので黒投了となったのですが
あえてここまで打たず、両アタリの瞬間の投了は美しいと思いました。

村松竜一プロの碁は、序盤中盤終盤、一局通して面白いイメージの手が多く、好きでよく観させてもらっています。

それでは、おやすみなさい。

いっきに仕上げて次の日に響くパターン

DxfP-h7UUAA4x53.jpg
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こんばんは、関です。

センター試験の英語リスニングに突如登場した、にんじん
狂気をはらんだ存在感に圧倒され、気づけば碁盤に向かっていました。
昨日の20時くらいから描き始め、26時に互角にするところまで完成。
100×100、黒から囲碁すると最後は引き分け(持碁)となります。
最初は、右側の翼の白石をぜんぶ取っちゃうところからスタートです!

だいたい5時間ほどでしたが、このサイズの作品にしてはだいぶ早いです。
たぶん線だけだから描きやすかったんでしょうね
他の作品だと一ヶ月かかっているものもあります・・・!

結果、しっかり寝不足となりました笑
しかしいっきに仕上げるのは気持ちよいですね~~
おやすみなさい

面白い形を見つけたら共有するコーナー2 ~一列系~

こんばんは関です!

「棋譜並べ」が昔から好きで、勉強時間のほとんどをそれに費やしてきました。
強くなるため、というのはもちろんのこと、他の人が打った対局を見るのがもともと好きなので、それぞれの人の作品を眺めるのが楽しかったのです。

最近は碁盤をださず、もっぱらパソコンとスマホで見ています。
パッパッと並べられちゃうので、あまり深く考えて見てなかったりしますが・・・。
でも、そのぶん多くの棋譜を見ることが出来るようになりました。

たくさんの碁を見ていくと、印象に強く残るものがたびたびありまして。
私の場合は、囲碁の展開というよりは「形」からまず見ています。
これも、囲碁の意味があるかないかは関係なく、「デザイン」みたいなことです。
自分が「ああ、いいなあ」と思う形があると、じっくりその棋譜を見ています。


今日発見したものがこちら・・・
kimi2.jpg

黒:山田規三生九段 白:結城聡九段
左辺、なにやら複雑なことになりそう・・・

kimio.jpg

白1の切りに、「白を取るぞ!」という黒2の手から4と、上のほうの黒と繋げて陣地を増やしました。
そのかわり、白5と打って、黒の一個を「シチョウ」という形で取った・・・
という意味の展開ですが
なんと▲を含めてタテに七本、白黒が互い違いに並びました\(^_^)/

「きれい!!」と思いました。
関西のトップ棋士のお二人、もしかしたら遊び心もあったのかもしれません。
この形は、中押しで終わった最後の局面まで、お互いに触らずに残っていました。

hane4.jpg

そのあとの、途中の下辺の戦いで
黒1,3と一間トビ
左下とあわせて、これも統一されたデザインだなと
思いました

肝心の碁の内容は・・・実はあまりわかりませんw
これでいいのか自分。笑

「こういう場所が好き」とかじゃなくて、「場所そのもの」が好き、という話。

こんばんは、囲碁アートの関です!

ぜんぜん囲碁と関係ないし、伝わるかよくわかんない話をします。


「どんな場所が好き?」っていう質問があったとして、みなさんどう思うでしょうか。

夏のビーチみたいにめっちゃ明るい場所をイメージしたり。
冬の雪山みたいに落ち着く場所をイメージしたり。
あるいは自分の部屋のパソコンの前や、布団の中。
暖かいか寒いか、湿度はどのくらいか、音量はどれくらいか。
人が多いか、一人でいるか。

などなど、思い浮かびます。
あえてこの中だと布団の中がダントツ好きです。


昔から地図を見るのが好きで、中学の休み時間にずっと地図帳を眺めていたり、知らないところを散歩したりサイクリングしたり、旅行するのも好き。
その理由は、いろんな場所が好きだから・・・と思っていたのですが、あることに気づきました。

もしかしたら、わたしは場所である時点で、もう好きなのかも知れない・・・と!!
つまり、わたしの精神は「ああ、いい場所だなあ」の前に、「ああ、場所だなあ」という風に喜びを感じている可能性がある。

世界地図を眺めていても、赤道近くの熱帯雨林も楽しく想像して眺めるし、ロシアの針葉樹しげる深い森も楽しい。
ああ、街があるな・・・ここは何もないな・・・というふうに見るのも楽しい。
電車で旅をしても、大きな駅で降りても楽しいし、人がぽつりとしかいない駅も興奮する。
裏道も広い道も歩きたい。
部屋の中でも、どこで座っててもうきうきする。
布団の中は天国だし、布団とカベの間のわずかな空間も愛しい。


「どんな場所が好き?」といわれたら
「場所そのものが好き」と答える

それでは、おやすみなさい。

去年始めた「5の5会」がたのしい

こんばんは関です!

去年はいろいろなことを始めたのですが、その中でも自分の囲碁の会である「5の5会」は大きかったと思います。

過去記事1
過去記事2
過去記事3

対局しながら自分たちで解説もする、というのを前に思いついて、やってみたかったのです。
自分の碁を解説する「自戦解説」が好きで、誰のものであれ見たいと思っていまして、じゃあ自分の碁から始めようと。
そのうえ、自分の得意布石「5の5」の威力を世に知らしめるという裏テーマもw

打って解説してまた打って、ってめっさ大変そうですけれど、3回やったら慣れました。
むしろ今では、しゃべりながら打った方が調子いいかも・・・・とさえ思えてくるぐらいです。

今年のスケジュールも、順次決定しております。
次回 2月11日(月祝) ゲスト 福岡明日翔さん
次々回 4月7日(日) ゲスト 伊藤裕介さん
場所:初台囲碁クラブ(初台駅徒歩5分)  13時半~17時半
参加費:3000円 指導碁ご希望の場合は一局につきプラス500円

座ったり立ったり、打ったり喋ったり、真剣だったり笑わせたり、二人でせわしなくやっています。
ぜったい面白くなります。
囲碁のルールがOKならだいじょうぶ。
二人ともインストラクターなので、解説わかりやすくしています。
ご予約は不要ですので、ぷらっとお越しください♪

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囲碁の楽しみ方はそれぞれ、というより無限にあるというのが私の信念。
しかしそれでも、直球に「囲碁打つ」というのはやっぱり面白いし、勝負に熱くもなります。

ちょっと前、珍しく囲碁の大きな勝負がありました。
その夜ぜんぜん寝付けませんでした。
思えば修業時代、昼夜逆転になりがちだったのは囲碁を打った後に寝付けなかったから。
脳がずっと興奮してしまったのです。自分をあんまり強いとは思ってませんが、でも使える脳は使いました。
いま社会人なのでそれは危ないけれど・・・。何年かぶりに味わった体験でした。

まだまだ自分は囲碁の勝負に頭の大部分を使うことができるのだ
と、布団でもがきながら感慨深かったです。

5の5会でも、そんな「出し切る」という体験ができるように頑張って、良い碁を見せたいと思います!

ねこグッズが好きですが、益子陶器市は素晴らしいと思う。

こんばんは関です!

ねこが好きです。

飼ってはいませんが
野良猫とお会いしたら、心の中で会話をし
囲碁アートでも主に「消火器の上の猫」の絵をいくつか描き
さらには、だんだんねこグッズが増えてきています

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(財布のひもがゆるんだ図)

とりわけハチワレ専です。
目の少し上に黒の毛がくる、消火器さんスタイルがこだわりです。


そんな私ですが、毎回楽しみにしているイベントが

益子陶器市

です(。・ω・。)

栃木県の益子町、東京から電車で約3時間の陶芸の町。
アーティストさんたちが沢山住まわれています。
ひょんなことから、陶器にちょっとだけ興味がわいて
単身乗り込んだところ、楽しくて楽しくて
メインストリートがすべて陶器市になるという、年に二回のお祭りです

うつわやコーヒーカップはもちろんのこと
陶芸で作れる物なら、なんでもあるんじゃないかと
思わせるラインナップですが
わたしはやはりねこに目移りしてしまい

tyTyw5nm.jpg

出会ってしまいました、最高の作品!
すみ田理恵さんという方のお皿で
ねこにこだわったものを作り続けていらっしゃいます
(左のぬいぐるみは他で買った物。お気に入りですが先日なくしました涙)

完全に一目惚れ
ねこのリアルを表わしているようで
ずっと見ていたくなるお皿です笑
いまは玄関に飾っています。

アートや、かわいいものがお好きなかたなら
益子陶器市、ぜったい楽しめると思います!
今年もゴールデンウィークにあるので
行けたら良いな・・・!

いろいろやってます。

こんばんは、関です。

ありがたいことに、最近また忙しくなってきました。
イベントが近日にあるのもそうですが
自分で自分を追い詰めている部分もあります笑

普段は囲碁のお仕事をしています。
そのうえで囲碁アートの活動もある生活なので
一日の8割くらい。たまに夢にも出るのでそのときは10割超
囲碁が占めている生活ですね・・・


自分のメモもかねて、いまやっていることを書いてみたいと思います


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

・囲碁アートの作品を作っています。

これは常にそう。
3年前は13路盤から始まった囲碁アートですが
いまはでっかくなり100路盤を超えたサイズに。
ぎゃくに普通の碁盤では作れなくなった疑惑が・・・

それぞれ時間がかかるので3作品ほど同時進行でやっております。
自分の中で期限も決めており、できるだけ計画的に描いていきたいのですが
行き詰まっているときは、そうもいかず。むずかしいですね。
発表するのがたのしみです(。・ω・。)


・「マニアフェスタ」出展のため、冊子を一つ作っています。

さまざまなジャンルの「マニア」が集うイベント
昨年6月に続き、来月2月16日・17日の土日に
囲碁アートで出展することとなりました。
ブース名「囲碁アーティスト・関翔一」という
思い切ったネーミングです

すでにだしています「ここから囲碁するアートブック」ほか
自分のグッズたちに加えて
一冊、新たに「同人誌」のような冊子をいま作っています。

名付けて
「囲碁ガチ勢が囲碁の知識だけで計算機を作ってみた」

「これは、人生の大半を囲碁に捧げた人間が、囲碁の知識だけで盤上に計算機を出現せしめた記録である」

みたいな感じで
囲碁で足し算・引き算・掛け算を作った記録を一冊にまとめております。
(記事 囲碁で計算機を発明したはなし
初めて文章主体の品物になりますね~
当日までに間に合うよう頑張ります(>_<)


・哲学書を買ったので読んでいます。

ん?囲碁じゃないじゃん・・・

いやいや、囲碁は哲学です。
囲碁を考えることは世界や存在について考えること
かどうかはまだ分かりませんが、そうかも知れないと思い
そして哲学科で学んだことを活かそうと思い
囲碁と繋がりそうなテーマで、哲学のことを考えていたりします。

おととい買った本
原子論の可能性 近現代哲学における古代的思惟の反響』(田上 孝一 本郷 朝香:編 2018年11月 法政大学出版局)

世界は分割不可能な「原子」で構成されている、とする(おおざっぱですが)原子論を、古代ギリシャから現代まで俯瞰する論文集。
ちょうどまだ勉強していなかったテーマでもあり

そして、囲碁の碁石と「原子」が考えれば考えるほど重なってくるので
それについて何かヒントが無いかと思い
読んでみようと思いました。

とくにここで取り上げられているライプニッツという昔の哲学者は
ドイツの人ですが、東洋の思想(易経とか)にもとても興味を持っていて
そのあたりで囲碁との繋がりが割とありそうな人です。

碁石で何かを表わす、という囲碁アートをしたり
生きていることのほとんどに囲碁が占めている人間にとって
碁石とは何なのか・・・というのは、考えたくなるテーマなのでした。
このあたりの話も、何かまとまったら書ければいいと思っています。


・アプリでクイズをしています

ついやっちゃうんだよね・・・。囲碁以外の2割は「みんなで早押しクイズ」です。
だれか勝負しましょう!

囲碁アートでアート入門した話

こんにちは、関です!

昨日13日は、
「囲碁アートを描いてみよう&囲碁してみよう」
のイベントでした!

ねことお魚
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ピ○○○○
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碁盤に自由にわいわい絵を描きつつ
それが囲碁にもなるというアート会でした。

その場で、作った絵で対局もしました!
かなり良い勝負になった作品も\(^_^)/ 5目差
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棋風と画風がいっぺんに出るような体験でした。
参加してくださった皆さん、ありがとうございました!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

去年から一年間くらい、このイベントを開いてきて
いろんな方のいろんな絵を見ることができました。
もともと絵を描く機会が多い方もいれば、
ほぼ全く描いたことないよ、という方もいらっしゃって
うまさとか関係なく、楽しい会ができたんじゃないかと思います


自分はもともと絵をやっていたわけではなく
学校の美術の成績は2くらいです。
でも、大学の友人に芸術関係の人も多く
ああ、自由に絵を描いたり、表現できたら良いなと
あこがれはずっと持っていました。

とはいえ普通に紙に絵を描くのはどうにも苦手なままで
絵を描くことはないんだろうな、と内心思っていたのですが

囲碁で絵を描くのは、すっと自然にできたのでした。
3年前の最初に描いた絵はいま思うと顔が赤くなりそうなものですが
それでも一度もやめずに続けることができました。

思うに囲碁アートは、石を置き直すことができるのが私にとってやりやすかったのだと思います。
試行錯誤して、納得いくまで線を引き直すことができるので
失敗しても、形が残らないというメリット(?)があるんですね笑
豆腐メンタルのわたしにはぴったりです。

囲碁アートで囲碁に入門してくれた方がいるように、
何よりもまず、わたしが「アート入門」していたのでした。
「ドット絵」というジャンルがずっと前からあり、囲碁アートが絵の方法として新しいかはさておき

絵を描いてみたいという方にも、囲碁アートおすすめです!

囲碁の面白い形を見つけたら共有するコーナー

こんばんは、せきです。

毎日更新し始めたのですが
そういえば、普通の囲碁の中身の話をぜんぜんしていないことに
やっと気づくことが出来ました

でも、こう見えて
最近打たれたプロの先生の対局は鑑賞していますし
好きな一局を並べかえしたりするのも好きです。
このブログでも、自分の視点から何かご紹介できたらいいなと思っています。

今回は、大好きな藤沢秀行名誉棋聖の碁から。

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ところで、囲碁の中で好きな形というのが誰しもあるものですが
わたしも幾つかありまして

hane.jpg

その一つが、こちらです。
理由?
かわいいからです。


囲碁的には、あまり作りたくない形で
どちらも石が取られそうで落ち着かない
作った側のほうが、不利になりやすいでしょう

でも、そんなことは関係ありません!!
かわいいから好きです。
かわいくないですか?
そう、いわゆる「推し」です。
これが何年かに一回くらい、プロの対局で現れた日には
その日はちょっといいビールを飲みたいと思えるような形です。

黒番 藤沢秀行名誉棋聖 白番 羽根直樹六段
http://www.kihuu.net/threadno/k00000040450

hane1.jpg
この局面で黒番ですが、秀行先生のワザが鮮やかに決まりました。

hane2.jpg

黒1で白を切って、その直後に黒3!
例のあの形の誕生です
黒1の石が今にも取られそうですが、そんなものお構いなし
白▲の石達を左下に閉じ込めてぜんぶ取っちゃおうという、どぎつい一手です

hane3.jpg

このあとも難しいですが、
黒1の石を取られちゃうので、普通は良くないけれど
黒3,5,7と打つことが出来まして
左下の白の石が、真ん中のほうの白とつながらず
全部白の石が取られちゃった。
黒21で白が投了
ただただ、つよすぎる

これからも、最初の6つ集まったアノ形
見つけたら報告します\(^_^)/

囲碁と時間的永遠について

こんにちは関です!

一般的に、囲碁は「有限」のゲームとされます。
碁盤には端があり、それ以上外にはいけず
いつかは石を置く場所もなくなり、勝負は終わる。
かならず一番良い場所があり、つまり答えがあるはずだ・・・

もちろんその通りで、囲碁は「二人零和有限確定完全情報ゲーム」。


しかし、その中でもときたま「永遠」のような気がする時があり、
そして本当に永遠が現れることもある・・・
そんなところも囲碁の好きなところです。

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王銘エン九段に「ゾーンプレスパーク」という著作があります。
これは素晴らしい本だと思います。
王九段の囲碁の打ち方のスタンスを書いているわけですが
囲碁そのものに一人の人間がどう向き合うか
という思索があり、ひとつの哲学書のようなおもむきがあります。

その中で王九段は、「ゾーンプレス」という戦法を、だいたいこのように位置づけます。自分の要約なので、すべて合っているかわかりませんが・・・・

「有限で、答えがあるはずの囲碁だが、人間にとってはとうてい答えにたどり着けない、まるで無限であるかのように思える局面がある。そのときに人間なりにどのように一手を打てばよいのか。石と石の力関係ならある程度人間にもわかるから、それを中心にした理論である」

具体的な打ち方についてはここでは触れません、ぜひ読んでみていただきたいです。
全体の8割くらいがユーモアで占められています。
ここで注目したいのは、囲碁が「無限」と感じられる瞬間を王九段が注目している、ということです。

目の前の机の上で、何十センチかの盤と3桁くらいの石でできちゃうゲームですが
無限に深い、広い世界がひらけます。
うまくいった対局でも負けた対局も、自分の一手よりもさらに必ず良い手がある。
いままで自分の人生で、格上に勝ったり記念になっている碁はありますが
しかし、すべてが分かった対局など一つもなく、まだ満足のいく一局を打てていないし
おそらくずっと「永遠」に打てることもないのでしょう。

日常でなかなか感じる機会のない「無限」や「永遠」という感覚を
常に感じさせてくれるようなものの一つが
囲碁なのだと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

と、いうのは人間が感じる限りの「無限」「永遠」
であるわけですが
哲学科の人間としては、それだけでは満足できません!!

ときたま、ほんとのほんとに「永遠」になる形が囲碁で現れるのです。

むかしツイッターで投稿したものですが・・・

三路盤、まわります

3.png

たまたま3路盤で遊んでいたところ、見つけた形です
(自分が第一発見者かどうかはわかりません)
ここから黒が囲碁をすると、無限にコウ争いとなり
勝負が終わらなくなります。
いわゆる「無勝負」の形ですね。

どう打つか、ぜひお考えください。ツイッターのほうに動画があります。

実際の対局では、そこで打ち止めになり、勝ち負けなしとして終わりますが
囲碁規約では、「双方が同意したときは無勝負」とありますので
談合すれば、ずっとぐるぐる回ることも可能です・・・!笑

ほかにも無勝負の形はたくさんありますが
なんだか、対局が終わっても
人間から離れた囲碁の世界の中で、永遠に続いているかも・・と想像したくなり
私がニヤニヤしているときは、大抵そういうことを考えております。

無勝負の形、ぜひ調べてみてください(/・ω・)/

「勝たねばならない」という立場について、肯定も否定もなく思うこと

こんばんは関です!
今日も読んでいただいて、ありがとうございます!


さて、いま囲碁の世界は史上最年少棋士の話題でもちきりです。
仲邑菫さん9歳。4月からデビューなので、10歳で棋士になります。
通常のプロ試験ではなく、特例の入段(プロになること)ということも
大きな話題になっています。日本棋院、すごいことしたな~

個人的には、たぶん最終的には良い結果になると思うので、良いことだと思いました。
文句のつけようがないです。
ただ、立場によってこの出来事に感じることが違ってくるのは確かで、
これからを考えるために、それは埋もれるべきではないと思います。
今プロ試験を打っている若人たちはどう思っているのか、インタビューしてみたい気持ちです。

「良いことだ」と思いますが、「良いことだ」で終わる質のものではなく、仲邑さんの棋士人生において、この出来事は一生のしかかってくるものです。
そう、誰にも増して「勝たねばならない」立場にわれわれは彼女を立たせたと思います。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

かく言う私も、弱いながらプロを目指していました。
16歳~18歳の短い時期でしたが、もともとの道を外れて
プロ試験を外来で受験する立場でした。
勝たねば将来がない、と本気で思っており(結果的にはそんなことなく、今いい感じなのですが笑 当時はわかりません)

「勝たねばならない」
というのは、脳に刻まれて常に暗いもやもやの様に襲ってくる観念でした。

ですが、私は囲碁も人間も弱いので、耐えられませんでした。
この状態で負けることは、本当につらいもの。だんだん囲碁は恐怖になりました。
修行すべき時間をカラオケに逃げ、ニコ動に逃げ、チャリでずっとどっか行ってました。
今思えばそっちも貴重な時間だったので、良かったと思っています。

いちおう囲碁はちょっと強くなり、大会で結果を残せたり、苦しい時をともにした友人がいたり
良いこともたくさんありましたね~
しかし、プロ試験の成績が落ちたことを理由に、この状態からは脱しました。
試験が終わったその日、日本棋院から出た瞬間に
本当に目の前の景色が、ちょっと暖色が増したように変わった気がしました。

「ああ、もう勝たなくていいんだ」

そのあと大学に入ったのですが、そこで久しぶりに
勝っても負けても囲碁が楽しい
という状況に出会うことができまして
その時は本当に涙が流れました。。

今も真剣勝負をするときは負けても楽しいですし
生徒さんと指導碁しても楽しいし
もちろん囲碁アートを作る時間が楽しいです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

囲碁にとって勝ち負けとは。人によっていちばん違う所です。
自分なりの勝ち負けとの付き合い方を、囲碁をする中でだんだん見つけていくものです。
わたしの状況はたまたま、苦しい瞬間もありましたが
人生全体でみれば、基本的には楽しめています。

さて、プロ棋士です。
プロは勝たねばならない・・・その中でも、仲邑さんの状況は、本人にものすごい重圧を感じさせるものかもしれない。
これがわたしが真っ先に思ったことでした。
私は、人に対して「勝たねばならない」と強いることはできないな。と思って、背筋がぞくっとしました。

でも、おそらく大丈夫だとも思います。
プロになる力を持っている人のほとんどは、すごい重圧の中でもうまく囲碁と付き合っていけると思うからです。
そして、強いから実際に勝つと思いますし、大きな結果を残して「これでよかった」と全員に思わせる日が来る気がします。


しかし、もし仲邑さんが私みたいに耐えられなくなってしまったら。
誰にも責める権利はないぞ、とささやかながら応援したいと思います。

そしたら、囲碁アート作りに誘って・・・フフフ

昨年の振り返り。その2「コミケ・ゲムマに囲碁で突撃した話」

こんばんは、関です!

今年の目標。ブログでもなんでも、考えたり思ったりしたことをもっと発信しようと思います。
そう思うのも実は10回目くらいなんですけど・・・
ブログが最近続いた試しがありません。三日坊主になったら、なんか罰ゲームでもやったほうがいいですかね笑

でも、意外と中学生のときにずっとブログ書けてたのでした。
一番囲碁を夢中でやってた時期に、その日の対局をとにかく振り返るというなんともかわいらしい日記です。
気づけば囲碁のことばかり考えている今なら、もしかしたら。

ということで、昨年あったことを今回も振り返ります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ビッグサイトに最近よく行くようになりました。

ありますよね、大きなイベント。
一般的なイメージとしては、オタク文化圏のお祭りが多いということなります。
特にオタクといえる趣味は持っておらず、強いて言えば囲碁の一手の価値の目数をコレクションしているくらいの(分母萌え)、オタク要素皆無な人間ですが

「ゲームマーケット」

におととし出展して以来、楽しくなってしまいました。

ゲームマーケットは、「電源を使用しないアナログゲーム」がたくさん集まる、ボードゲーム好きな人たちがわんさか集まるイベント。
囲碁ももちろんその条件に合致しており、じっさい囲碁ブースが出た回もあったようです。
が、そこまで囲碁の人は多くないみたい。

いま一緒に活動しているやぬやぬ氏にお勧めをいただき(ほんとうにありがとうございます)
普段のインストラクター仲間にも加勢していただき(ほんとうにありがとうございます)
「ここから囲碁するアート」で出展したのがおととしの12月。
そして昨年も5月、11月の両方に参加で、もうなんだか常連の気分です。

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ほとんどの皆さんが囲碁を知らない中、囲碁で描いた自分の絵を見せたり、売りに行くわけです。
前日は緊張でブルブル震えました。
だからこそ、当日に良い反応をたくさんいただけたときは
涙でるほど嬉しかったですね~( ;∀;)

囲碁のルールおしえて、と言っていただけたり
良い勝負になってることにびっくりしていただけたり
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単純にデカいことにびっくりされたり笑

さらに、「コミケ」にも二回参加できました。
いま日本で一番盛り上がっている場所・・といっても良いかもしれません。
ゲムマ以上に囲碁から離れている場所ですが、
物珍しさから。ヒカルの碁で昔覚えたから。ミッシェルガンエレファントが好きだから。
などなど、想像以上に見ていただけました。

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最近、囲碁以外の場所にどんどん行くようになって、ほんとよかったと思います。

自分の絵をほんとうに良くしていきたいのですが、いろいろな方面の人に見て頂いて
新しい発想を得ることもできますし
単純に、自分にとって楽しい瞬間の連続です。

そして、囲碁というものが「数あるゲームの中のひとつ」という(当たり前の)体験をできました。
一つの文化の中にずっといた自分としては、やっと外の国に出てきたようなもので
囲碁とは何なのか、改めて考えたり
どんなふうに囲碁を表現したり、面白くしていこうか
示唆に富むことばかりです。


今年も、ゲムマとコミケ、あるいはデザフェスも気になってますが
どんどん足を延ばしてみたいです!
そしたらぜひ見に来てくださいね~~

1月の予定と、昨年の振り返り。その1「囲碁アートを描いてみよう」

みなさん、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
遅いというツッコミは甘んじて受けます・・・!

昨年は自分にとってどんな年で、今年はどんな年にしたいか。
年の始めにゆっくり考える時間があるとよいですが、体調を崩したり、イベントが迫っていたり
遅くなりましたが今日から考えてみようと思います。
今回は、直近に迫っているイベントについてのはなしを。

1月13日(日) 新橋の囲碁喫茶・樹林様で
「囲碁アートを描いてみよう&囲碁してみよう」
開催します!
13時半~16時半 2000円

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囲碁でお絵かきをして、囲碁アートから囲碁をする。
囲碁がアートになり、アートが囲碁になる会、6回目の開催です。
棋力は問わず、ルールに自信が無くても大丈夫
わいわい楽しくお絵かきをしながら、囲碁についても理解が深まるような内容です。

描かれた絵は、わたしが持ち帰り互角の勝負に調整してお返しするという
世界初のサービスをしております!笑
とくに、今回「樹林」さんなので・・・

お酒が飲める(超重要な情報)

新年会気分ですね笑
ご予約は不要、ぜひぷらっとお越しください!

昨年から始めたこの会ですが、今回でいったんお休みとさせていただきたいと思います。
おそらく、さらにパワーアップして帰ってくる予定です。

2月には11日「5の5会」(ゲスト・福岡明日翔さん)
 16日・17日に「マニアフェスタ」というイベントがあり
こちらはまたの機会にご紹介いたします。

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昨年はいろいろ新しいことを生み出したり、挑戦した年でした。

ゲームマーケットのみならず、「コミケ」への参加は去年が初めて。
初めて自分の会を自分で開きまして、それが「囲碁アート描く会」と「5の5会」の二つ。
8月にはNHK「囲碁フォーカス」で取り上げて頂けましたし
その直後には、自分の囲碁アートが「100路以上」の巨大サイズに成長・・・
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(250×250 日本のバンド・ミッシェルガンエレファントの「ギヤ・ブルーズ」のジャケットです。大好き)


自分にとって5年分くらいのことをしたかも知れない、と思えるような2018年。
その中で最初の挑戦といえるのが「囲碁アートを描いてみよう&囲碁してみよう」の会でした。

樹林さん(新橋
初台囲碁クラブさん(初台
いっぷくさん(清澄白河
に快く場所を貸していただき、
毎月開催を目指していました。

全く新しいジャンルの会、どうなるかと思っていましたが
いざやってみると、普段遊んでいる囲碁とは違う「お絵描き」
みなさんに予想以上に気に入っていただけたと思います!
「良い勝負にしてお返しする」というのも、あまり無いことですから
ビックリしてくれた方も多かったと思います。
累計、40作品ほどいい勝負にしたようです・・・魅力的な作品ばかりでした。

昨年後半から「5の5会」が始まったり、自分が新たな局面になったりして
開催ペースが落ちてしまったのは申し訳ない・・・涙
1月13日でいったん終わりですが、また個展などをしたときに
できたらよいな、と思っております。

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思うに、物事の楽しみ方に正解はありません。
ですが、今「囲碁する」という動詞を思い浮かべたとき、間違いなくイメージされるのは
「囲碁で対局する。何もない盤面から交互に石を置いて地の大小を争う」
ということになるはずです。
まあ、そりゃそうです。まさしくそれは囲碁です。


しかし、これが「囲碁とはこうあるべき」になるのは、ちょっとイヤです。
新しく思いついたルールを導入するのは「本当の囲碁ではない」のか。
囲碁の試合を観るだけではだめで、対局もしないといけないのか。
囲碁アートばっかりやってないで、大会で結果を出さないといけないのか。(言われた笑)

「それは違う」と言いたくなってしまいます。
これは本当の囲碁だ、といえるものが、ただ1つでなく
100個くらいになるのが、自分の目標かもしれません。

囲碁という行為が、すべての人にフィットするような
抽象的ですがそれを考えるのが今面白いです。

今年も、いろいろ変なことをできたらいいなと思います。
よろしくお願いします!